死亡保険に入っていても、病気になって治療費や生活費のためにまとまった資金が必要になることがある。いかの死亡保険の仕組みでは、解約して返戻金をもらうことしか選択肢がない。返戻金は死亡時に入る保険金からは大幅に減り、生前のこうしたニーズには応えづらいものになっている。
死亡保険を活用して少しでも多くの資金を得られる仕組みをつくりたいと、2019年まで金融庁え保険行政を中心に担当してきた我妻佳祐さん(41)が「ライフシオン」という会社を立ち上げ、今年4月から保険の買い取り事業を始めた。
買い取り価格は、病状が重い人の保険ほど高くなる。例えば、亡くなったら1千万円の保険金がおりる死亡保険に入る人が、あるがんの「ステージ3」になったとする。その状態での5年以内の死亡率が統計上で80%だとすると、その保険の価値を約800万円と評価し、手数料の10%分を引いた金額で買い取る。評価には複雑な計算が伴うこともあり、当面は死亡率の統計データなどが豊富ながん患者の保険を対象にしている。
買い取りには、家族や親族からの同意を得る。買い取り後は同社が保険金の受取人になる。契約者は変わらないが、保険料は同社が支払う。買い取りや保険料支払いにかかる資金は投資家から集め、受け取った保険金を投資家に還元する。
我妻さんは、保険を学んでいた京都大大学院で、欧米では保険が株や債券のような有価証券として扱われ、保険の売買も一般的に行われていることを知り、日本でもニーズがあると考えた。金融庁時代には、規制当局の立場から買い取り事業の促進を提案したこともあったが実現に至らず、自ら起業する道を選んだ。
しかし、課題は少なくない。国内に市場がなく、買い取り価格の相場も計算方法の決まりもない。大手生保の役員は「社内でも同様の事業の検討をしたこともあるが、生保会社として不公平感なく値付けすることが難しいと判断してやめた」と話す。
金融庁は今回の事業について「規制上の問題はない」としている。ただ、悪意を持って安く買いたたこうとする業者が出てくるおそれもあり、我妻さんは「安心して売ってもらうためにも、モラルある市場をつくることが最重要だ」と話し、ルール整備の必要性を訴える。
4月に事業を始めてから、買い取りの実績はまだない。ホームページは開設したが、認知度向上ががいまの課題だ。我妻さんは「契約者のために必要な仕組みだと学生時代から信じてきた。新たな市場を作りたい」と意気込んでいる。