改正会社法が2021年3月1日に施行される。
「取締役の報酬決定方針の開示」や「社外取締役の設置義務化」などが主な内容だ。今回は5年ぶりの改正であり、経営の透明性を高めるのが目的。決算期が3月の上場企業などは早くも今年の株主総会に向けた対応が求められる。
❶取締役の報酬決定方針の開示
今回の改正では取締役に関する見直しが多岐にわたる。大企業は株主総会で個別の取締役の報酬を決めていない場合、取締役会で各取締役の報酬をどう決めているのかという「決定方針」の決議と概要の開示が求められることになった。現在の多くの上場会社では株主総会では取締役の報酬総額の上限のみを決めて、各取締役の報酬の決定を取締役会に一任。取締役会が社長らトップに報酬決定を「再一任」する仕組みが一般的だ。
トップが自らの報酬を決める「お手盛り」との批判はあったが「報酬総額の上限は株主総会で決議するので問題ない」との考え方が主流だった。概要の開示が義務化されることで、一定の歯止めがかかり、経営の透明性が高まることが期待されている。
❷会社役員賠償責任保険(D&O保険)や会社補償についての規律の整備
取締役が負担する損害賠償金などを保険会社が一定の範囲で補填する会社役員賠償責任保険(D&O保険)や、会社補償についての規律も新設される。
D&O保険はすでに多くの企業が利用しているが、役員に生じた損害を会社が直接補償する会社補償は、乱用されると役員のモラルハザード(倫理の欠如)(注)が生じる可能性があり、導入に慎重な企業もあった。今回の法改正で会社補償に必要な手続きや補償の対象範囲が明確化されたことで、導入する企業が増えるとみられる。
一方、役員報酬として金銭以外にも、株式やストックオプションを弾力的に付与できるようになる。会社補償の整備などを通じて、役員が株主代表訴訟などのリスクを恐れずに経営判断できるようにするのと同時に、適切なインセンティブを与えることで企業の国際競争力を高める狙いがある。日本企業の報酬体系は固定報酬が多いことが、諸外国と比べて収益性が低い要因になっているとの指摘もあり、改善が期待される。
❸社外取締役の設置義務化
また上場企業などは社外取締役の設置が義務付けられる。東証上場企業の99%はすでに設置済みであり、東京証券取引所の企業統治指針(コーポレートガバナンス・コード)では2人以上の設置を求めているので、大半の企業にとって実務上の影響は少ないだろう。
❹株主総会資料の電子提供制度の導入
また2022年度には株主総会資料の電子提供制度が導入されることになっている。現在でも総会資料を自社サイトに掲載している企業は多いが、書面での郵送も必要だったのが原則不要になる。株主からの交付請求があれば郵送で対応する仕組みにして、高齢者などネット利用に不安がある株主に配慮した格好だ。
新型コロナウイルス対策で、今年は株主総会をオンラインで開く企業が増えるとみられる。通信インフラの整備などに加えて、改正法に沿った議事運営に向けた入念な準備が必要といえるだろう。
(注)モラルハザードについて
元々保険用語で、保険に加入したことによって、加入者が果たすべき注意を怠ったり、保険加入によって危険事故の発生する確率がかえって増大することを指す。
<モラルハザードの事例>
❶疾病保険の契約者が、保険をかけたことによる安心感から不摂生になり、かえって病気にかかる可能性が高まるような場合
❷自動車保険において、保険によって交通事故の損害が補償されることにより、「軽度の事故なら保険金が支払われる」という考えが醸成され、加入者の注意義務が散漫になり、かえって事故の発生確率が高まる場合
一方で、わが国においては、moral hazardを「道徳的危険」と訳し、節度を失った非道徳的な利益追求を指すという解釈がなされ、「モラルハザード」といえば、むしろこの意味をさすことが多い。この「倫理の欠如」という意味でのモラルハザードは、英語のmoral hazardにはない日本独特の考え方であるとされている。